【005】戦々恐々

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私は元来もっと勝ち気で強気だったはずだ。

しかし、26歳から負け犬となりさがり萎縮したハートは、そう簡単に元に戻ることはなかった。

転職早々ちょっとした嫌がらせ?などに動じているわけには行かない。

私はこの頃7歳の娘がいた。早めに授かった子だ。

そんな家族のため、生活のために稼がなきゃならないのだ。

生活の苦しい中、快く転職を認めてくれた妻にも申し訳がたたない。

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あの晩以来、そこまで過激な嫌がらせはなく淡々とした毎日だった。

しかし別に驚いたことがあった。

それは、このメンバーは最高のプロ集団だったこと。

この当時、携帯電話が普及する中、携帯電話アンテナ基地局の拡張は必須だった。

キャリアからの請負金額もよかったらしく、多くの工事会社が参入していたのだ。

そんな中でもこの会社のこのクルーのパフォーマンスの高さは周りの会社にも響き渡っているらしい。

通常は一現場5人で一週間かかるところを、このクルーは4日で終わらせるという驚異の速さを実現していた。
これは後から社長に聞いたのだが、他の会社から「どのような工程で作業しているのか」問い合わせがあるくらいだ。

私は最初からこのクルーで働いているので、他との比較はできないが、
一つ一つの動きに無駄がないことは肌で感じた。

とにかくトップ萩谷さん(仮名)の指揮命令が凄いのだ。
彼は社長が社内で一番認めているリーダーだ。口数の少ない人だがその指示は的確だ。
年齢は私の一つ上。身長は185cmは超えている、がっちりした体格の持ち主だ。
まあ私はしばらくの間、直接話して貰えなかったが。

そしてナンバー2の舟串(仮名)も現場では見事な仕事さばきだった。
※本人と話すときは舟串君って呼んでたが(汗;)

とにかく何一つ無駄がないのだ。

一方私はまだ信用がないので、鉄塔の上で移動するたびに
胴綱(どうづな:安全帯)を鉄塔に掛けては外し、掛けては外すの繰り返しだ。
たまに胴綱をしないで作業していると、いつの間に舟串が隣に来て言うのだ。

「武井さんは日本語わからないのかなぁ?」
「胴綱掛けずに作業しちゃダメだって言ったよね?」

いつも嫌味な言い回し。くそっ。

しかし、これでは仕事にならない。
このままではいつまでたってもデキナイ奴だ。

もちろん新人が落ちて死んでしまったら、彼らに責任が問われるから注意するのは当然の事なのだが。

早く一人前になりたいと私は焦った。
しばらくは信用を得ることに専念した。

しかし不思議なもんだった。

最初はあれだけ高さに恐怖して、それこそ胴綱命だったのに、
今ではできるだけ胴綱を使わずに作業したいと望んでいるのだから。

 

真面目な作業が認められたせいか、ある日萩谷さんから、胴綱の掛け外しの制約を緩めてもらった。

しかし。。。

この時に私が直接トップから承認されたことが気に入らなかったのか、
奴の嫌がらせは更にエスカレートした。

ある日、上で使う作業道具や装具を揃えるよう指示された。
「使う道具はこれまで見てるからわかリますよね」
絶妙な振り方だ。
確かに既に数回の作業経験をしてきたが、自分のことだけで精一杯だ。

しかし、わからないとは言えいない。

これまでの事を思い出し自分なりに揃えてみる。
結構な重さになる。
鉄塔の上にはウインチで上げるのだが、本来はその前に内容を確認してもらいたかった。
しかし。。。舟串はとっとと鉄塔のうえへ。
他のメンバーも既に上で待機状態。

道具をバッカンに詰め込みウインチであげ、いざ50m上で広げられたが。。いやはやあれもこれも足りないという事態に。

この男は皆に迷惑が掛かるミスをわざと誘っている。

作業効率化重視のこのクルーにとって、こんなことで時間を取られるのは最悪と言えるだろう。
結局私は一日中鉄塔を上り下り。本当にデキナイ奴に見える。
それだけではない。しばらくは皆から無視されるのだ。

舟串は又、クルーの大蔵省でもあり会社から小口現金を任されている。
機嫌を取っていないと、
現場によって必要な防寒具などが、自分だけ買ってもらえないなどもあるのだ。

新参者にはかなり辛い仕打ちだ。

しかし、移動の際に一緒にハイエースに同乗しているナンバー3の相沢君と
ナンバー4の堀君とは徐々に打ちとけてきた。

 

 

日々嫌がらせは続いた。

皆にはわかるだろうか、50mの鉄塔の上で信頼できない人間と仕事をすることがどれだけ恐怖か。

少し押されただけでも落ちてしまいそうなシーンはたくさんある。

この男に背中を見せていいのだろうか?

考えすぎだろうが、目が合った時には殺意さえ感じられる事もあった。

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鉄塔の上部には2つのリングがあり、それぞれ上のリング下のリング、鉄塔の垂直部で作業分担している。

前回も話したが、この仕事は猛暑や極寒、吹雪の中でも関係なく作業する。

ただし雷を除いてだ。

雷の気配を感じたら即中止だ。

そう、この50mの鉄塔には、最初は避雷針が付いていないのである。

避雷針を付けるのも我々の仕事なのだ。

それまでは、鉄塔自体が避雷針となっているため、落雷一発で全員あの世行きだ。

さて、その避雷針だが鉄塔の一番上に取り付ける。
そこから地上まで銅線を敷設して電気の逃げ道を作るのだ。
その同線は通常長さ50mもないため、途中で溶接して延長する。

この溶接にテイカ(テイカウエルド)という携帯式の溶接道具を使用する。

特殊な金属パウダーを詰め、点火剤で点火した瞬間に中のパウダーが溶解して銅線を溶接するのだ。
想像できるように一瞬で高温の溶解炉(るつぼ)となっている。

この作業を足場の悪い鉄塔の上で行うのだ。
とても危険な作業なので、もちろん誰でもできるわけではない。

失敗すると中の溶解物が外部に漏れてしまうからだ。

資料(写真)引用:日油技研 https://www.nichigi.co.jp/products/teika.html

 

そんなある日。
いつものように下のリングで作業していた時にそれは起こった。

バタバタと音がして上から何かが降ってきた。

私の足元に落ちた時、それは鉛色した溶解物であることがわかった。

そして、となりで作業していた相沢君は悲鳴に近い大声を上げていた。
直接その溶解物が掛かってしまったのだ。背中から煙が出ている。

「なんだ。。。」

上のリングで溶接作業を失敗して溶解物がドロドロと漏れてきたのだ。

作業していたのは、船串だ。

「あ~。ごめんごめん。大丈夫?」と奴は笑っていた。

こいつ、わ・ざ・と?

ベテランのこいつが失敗するとは思えなかった。

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幸いな事に、相沢君の火傷は思ったよりひどくはなかった。

数メートル落ちるうちに、溶解物の温度は急激に下がったらしく、大事には至らなかった。
作業着は穴だらけになっていたが。。。

それからしばらくは戦々恐々とした日々が続いた。

しかし、我慢の限界はすでに近づいていた。

特に自分がやられるよりも、仲間(相沢君)がやられることは、とても許しがたかった。

沸々と湧き上がる怒りをコントロールできない。

妻よ、娘よごめん。もうダメかも。。。。

-「ひとり情シス」の独り言

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